任命責任
安部内閣のとき「任命責任」という言葉は、流行語のように云われていた。現在の麻生内閣でも、右翼偏向の中山国土交通相、議員パス不正使用の鴻池官房副長官、国益を大きく損なったアル中醜態の中川昭一財務相・・ と、なかなか減らないのが現状である。
政治の世界で論議を呼んでいる「任命責任」であるが、プロジェクトマネジメントの世界(特に、IT業界・・)では日常茶飯事である。
部門長が部下をプロジェクトマネジャーに任命し、そのプロジェクトがうまくいかなかった場合、プロジェクトがうまくいかないのは、第一にプロジェクトマネジャーの責任である。
したがって、プロジェクトマネジャーが関係するステークホルダー(利害関係者)から非難されたり、責任追及されるのは仕方がないことである。
しかし、任命した上長が他の関係者と同じようにプロジェクトマネジャーを非難している例をよく見かける。
これは的外れである・・。
上長が、先ず認識しなければならないことは、自分自身がその人間をプロジェクトマネジャーに任命したことである。
不適当な人材を任命し、そのまま放置したことがプロジェクト崩れの最大の要因だということを認識しなければならない。
それを忘れて、自分も被害者の如く思っている上長がいかに多いことか・・。このような上長の組織では、プロジェクト崩れは常に発生する。そして本人は部下が駄目で自分は運が悪いと思っている。
プロジェクトマネジャーが力不足とか、ある弱点があっても上長が自分の役割をしっかりと認識し、傘下のプロジェクトに目を光らせていれば、プロジェクト崩れは1/3以下にできる。
言い換えれば、プロジェクト崩れの2/3は上長の問題であると思っている。
IT業界は、転職が多い。以前、「アリの真実」や「リテンション」という記事を書いた。転職の大きな要因は、上長に対する不信・不満である。
しかし、直接の上長が悪いだけで退職することはそれほど多くはない。その上の上長まで期待が持てなくなったとき、退職率は数倍になる。多くは、これまでに述べた上長の層である。
この層が「自覚と前向きの姿勢」と「人間に対する謙虚さ」を持っていれば、その組織は発展する。
そうでない組織であれば、上長のレベルの独善的な被害者意識と部下の面従腹背(めんじゅうふくはい)的な不満の流れが共存し、各個人に陰湿なストレスを与えているであろう。